
担当者が休むと仕事が止まる、退職のたび同じ質問が繰り返される。こうした課題は個人の努力不足ではなく、手順や判断の背景が共有されていないことから生じる場合があります。クリニックの引継ぎはファイルを渡すだけではありません。誰が、どの情報を使い、どこまで判断し、例外時に誰へ相談するのかを日々の業務に沿って整理することが大切です。
厚生労働省の医療勤務環境改善マネジメントシステムは、病院や診療所が職員の協力のもと勤務環境の改善を継続的に進める考え方を示しています。院内業務と一体で取り組み、各過程を記録し、職員が確認できる体制を整える考え方は、事務の引継ぎにも応用できます。「いきいき働く医療機関サポートWeb」には、医療機関の取り組み事例や業務標準化の情報が掲載されています。事例は規模や診療内容が異なるため、そのまま模倣せず、自院で実行できる形に調整しましょう。
最初に業務を人名でなく仕事の単位で棚卸しします。レセプト請求、勤怠締め、採用応募者への連絡、備品発注、予約変更、行政への届出などを並べ、頻度、所要時間、締切、関係者、使用する帳票やシステムを書きます。毎日・毎週・毎月・随時に分けると、担当者不在時に備える業務が見つかります。担当が一人だけ、手順書がない、判断理由が残っていない業務から優先します。
手順書は操作の羅列ではなく、完了までを案内するものにします。目的、開始条件、必要情報、作業の順番、確認点、完了の定義、保存先、例外時の相談先を短く記します。勤怠締めなら締め日、未申請の確認、本人への照会、承認者、確定後の保存先を明示します。採用連絡なら応募受付から面接調整までの期限、候補者情報の扱い、院内共有の範囲を整理します。事務長代行が作成を支援する場合も、現場の実態を確認し院内責任者が承認します。
個人情報や診療情報を含む業務では、手順書にパスワードや患者情報を書かないことが基本です。権限のある保管場所を指定し、閲覧者と更新担当者を限定します。紙書類の保管、持ち出し、廃棄方法も確認します。共有しやすさと安全性を両立できる院内承認済みのツールを使い、外部委託先と共有する情報の目的、範囲、方法、保管期間を契約や院内ルールに照らして決めます。
文書を作っただけでは標準化になりません。別の職員が手順書を見ながら実作業し、迷った箇所や抜けた情報を記録します。作成者が説明しなくても完了できるか、例外時に適切な人へ相談できるかを確認します。試行者を能力評価する場にせず、手順の不備を見つける役割として位置づけます。指摘を反映したら版番号、更新日、管理責任者を書きます。
運用では手順書ごとに責任者と定期見直し日を決め、制度やシステムの変更時は臨時に更新します。古い版の誤使用を避けるため最新版の保管場所を一つにし、改訂点を関係者に知らせます。引継ぎの完了は「説明した」ではなく、後任者が一連の業務を実施し必要な確認を受けた状態など、確認可能な条件にします。
採用職員が早く慣れるため、入職初日、最初の一週間、独り立ち前に学ぶ内容を分けたチェックリストも有効です。一度に詰め込まず、質問先と相談しやすい時間を決めます。人事・労務事務も期限や承認者を見える化すると、担当交代時の手続き漏れを減らせます。標準化は全員を同じやり方に縛ることではなく、安全や品質に関わる基本を揃え、改善を記録して次へ引き継ぐことです。
まず毎月発生し、担当者が限られる業務を一つ選びましょう。担当者と後任者が一緒に作業し、質問や例外を記録して短い手順書にします。次の月にその手順書だけで実施できたか確かめます。この小さな循環を重ねることで、運営を個人の記憶からチームの仕組みへ移していけます。手順書の粒度は、作業者が変わった際に迷う箇所を基準に調整します。画面の操作説明が必要な業務なら画面名や入力項目を示し、判断を伴う業務なら「ここまでは担当者が確認し、この条件なら責任者へ相談」と境界を明確にします。判断の理由や例外の記録がないと、手順書があっても現場で使えません。逆に細かい説明を詰め込みすぎると更新されなくなるため、頻繁に変わる情報は別の一覧にして管理し、手順書から参照する方法もあります。引継ぎ後の数週間は、後任者が困った点をメモできるようにし、定期的に短い確認時間を設けます。業務量が特定の職員に偏っていないか、休暇中に代替できるか、締切が重なる時期はいつかも棚卸しの結果から検討できます。標準化は人員削減のためではなく、休暇を取りやすくし、採用後の教育を進め、患者対応に必要な時間を確保するための改善として説明すると、現場の協力を得やすくなります。更新履歴には、変更理由と周知日も残しておくと、以前の版との違いを説明しやすくなります。担当者が退職・休職する場合は、進行中の案件、期限、相手先への連絡状況、未解決の判断事項を別の引継ぎ一覧にまとめ、患者情報など必要最小限を超える情報は載せないようにします。一つの業務を標準化できたら、同じ方法で採用対応や勤怠締めなど隣接する業務に広げます。ただし、患者ごとの状況に応じた判断が必要な業務では、画一的な手順で判断を置き換えず、相談経路と記録の仕方を整えます。手順書の目的は現場の判断を奪うことではなく、必要な判断を安全に支えることです。
参考資料
厚生労働省「医療勤務環境改善マネジメントシステムに関する指針」
https://www.mhlw.go.jp/web/t_doc?dataId=00009210&dataType=0&pageNo=1
いきいき働く医療機関サポートWeb「事例」
https://iryou-kinmukankyou.mhlw.go.jp/casestudy
確認日:2026年10月17日


